1日目 高野山~萱小屋跡
昨年、熊野古道の一つ、大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)を歩いてきた。
自然の奥深さだけではなく、自然とそれに関わる人の歴史を感じられる素晴らしい風景と、昔の人々の生活や思いを感じられるような道は雄大な自然の中だけでは感じられないものを感じられ、すっかり熊野古道に魅了されてしまった。
「大峯奥駈道」が修行の道だとすれば「小辺路」は巡礼の道だといわれる。どんな道なのか楽しみだ。
2019年5月28日
名古屋から夜行バスで6:00大阪到着。
新今宮で南海に乗り換え橋本に向かう。 電車が進むうち車窓の景色は一変した。深い森・・・大阪からこんなに近くはもう、すぐに山なのだ。南海高野線に乗り換える。かなりのローカルな風景が広がる。乗客は皆、高野山目当てのようだ。 車窓の外は雨が本降りになっていた。
電車、ロープウェイと乗り継ぎ到着したここは歌山県の高野山。ここは弘法大師、空海によって開かれた真言密教の聖地。
そして、熊野本宮大社に向かう熊野古道「小辺路(こへち)」ルートの出発点なのだ。
高野山は、半日から一日かけてもじっくり回りたいほど魅力のある場所。本来ならば前日に宿坊にでも泊まり少しでも参拝したいところだが今回は通過するだけ。今回は先を急ぐのでまたの機会に。

千手院のバス停に到着。
新今宮から一緒だった男性2人組も降車。話をすると同じく小辺路を歩くとのこと。
どしゃ降りだった雨は少し収まる。
古くからの建物や商店が軒を連ねたメイン通りには、あいにくの雨でも外国人を中心に観光客は多い。


しかし、そこから脇の道に入ると地元の人々の生活も感じられる通りに。
「みろく石本舗」でみろく石2個、甘酒饅頭の計4個を購入。行動食のお楽しみに。

高野山大学や総本部などもあり、修行中なのか団体で行進(?)している僧侶の姿も。

高野山の総本山、金剛峯寺。

金剛三昧院手前のコンビニでおにぎり2個購入。少し道に迷ったり間違えたりしながらも小辺路の看板を見つけて歩く。

なだらかで歩きやすい道。更に金剛三昧院を過ぎると民家もなくなり、やふがて整備された遊歩道といった感じの道になる。
途中外国人2組に遭遇。軽装だったので高野山から散策に来たのだろうか。

雨が止んだと思うと、しばらくしてまた降り出してやがて強くなる。そしてまた降り止む。その繰り返しでなかなかレインを脱ぐことができない。

やがて雨は本降りに。防水とはいえローカットのシューズの内部も濡れてきた。スパッツを持ってこなかったことが悔やまれる。


やがて人里が近くなってきたらしく畑や石垣が現れた。
大滝集落
舗装路にでると大滝集落。


集落の中を歩いていくと。

あずまやに到着。
ここで先の2人組と再会。
歩き始めて最初の大休憩。おにぎりを頬張る。

今晩の宿はここでもいいか?!と一瞬思ったが、周りは民家ばかりだし迷惑だろうな。第一こちらが落ち着かなそう。


ますます強くなる雨の中、集落の間を通り、再び急登の山道を歩く。

舗装路から山道を歩き再び舗装路に出て交通量の多いスカイラインに出る。

更に山道。

お遍路巡りも、こんな感じで案内があるのかな。




ほとんど車が通らない林道から、また山道へ。
ここで道標を見逃し林道をくだってしまう。しばらく道標がなく地図にない分岐が現れて気が付き引き返すという30分以上のロス。戻って道標を発見したが下を剥いていて気が付かなかったのだ。
この看板を見逃していた。






大股集落
山道を下り、大股の集落に到着。公衆トイレを借りて少し休憩。本降りの雨の中、トイレを庇を借りて雨宿り。地図ではここに水場のあるとの情報で探したけれど見つからなかった。(後で2ヶ所あったと聞く)。



集落を通り過ぎると急激な登りが待っていたが、

ひとしきり登ると今日の宿と決めていた萱小屋跡の小屋に到着。
今夜はここに泊まらせていただくことに。

とても立派な山小屋。中からは話し声がする。前述の2人組が先客だった。残念ながら貸し切りではなかった。

びしょ濡れになったレインは小屋の軒先に干させてもらう。
更に男女2人が到着して室内は5人。ほぼ満室の状態。
もちろん皆「小辺路」ルートで熊野本宮大社を目指すとのこと。
こんな季節の平日に同じ目的の人間が集まるとは。。。
特に後から来た男女2人は東京からで、フィールドライフのシェルパ斉藤の記事が来ることになったきっかけだという。僕と同じことを考えて行動に移した人間がこうして同じ日を選んで来ているとはなんで奇遇なんだろう。
思いがけない交流に登山の話しなどで盛り上がる。お酒やおつまみもすすめられてほろ酔い気分。
夜になるとますます雨足は強くなった。
歩行距離 約18km
食事
おにぎり2個 パタゴニアバー2本 乾パン15まい程。 カロリーメイト1/2箱 味噌パン1個 煎餅 チーズ みろく石の餅 クルミ餅、アーモンド、黒豆、ラムネ 飴玉多数
徳島ラーメン(棒)+餅+乾燥野菜、ワカメ
2日目 萱小屋~川合神社
430起床 20時頃寝たが珍しく熟睡。快適な小屋だということもあるが、マットをサーマレストのインフレータブルマットにしたからだろうか。
昨夜はイビキで迷惑かけてなければ良いが・・・といってもこちらから尋ねるのもアレだし。。。
昨夜のうちに雨を降らし終えて気が済んだのか、雲間の切れ間には光りも見える。
昨日の雨でシューズとソックスはびしょ濡れなので防水ソックスに履きかえる。
うん快適、濡れは感じない。濡れたシューズやザックに外付けにしたソックスも乾くだろう。

途中腹痛に襲われ草むらで「キジ撃ち」。やや下痢気味だ。用を済ましてパッキングしていたら男女2人組に抜かれる。

今日は伯母子峠、三浦峠といった1000M越えの峠を2つ越える小辺路でもハードルート。幕営地もまだ決まっていないのでどこで行動を終了するか未定。とりあえず十津川温泉を目指し、暗くなる前にどこか良い場所がみつかれば良しとしよう。
伯母子峠から先が崩落とのことだったので峠を経由せずに伯母子岳山頂へ向かう。

伯母子岳山頂
伯母子岳山頂は展望良し。山頂のつつじも満開で歓迎してくれているようだ。



宿場のあとや石像がそこかしこに残っている。かつては多くのひとが生活と巡礼の為に通った道であると実感。




伯母子岳登山口からは舗装路になる。集落もあり、民宿や自販機の看板も見かける。大阪の2人はここらの民宿に泊まると言っていたが民宿の看板は多かった。
舗装路歩きはより暑さを感じる。

気温も高くなり暑くなってきた。冷たい炭酸飲料でも飲みたい気分になってきた。ボトルの水も心細くなった(家から汲んできたまま)ので補充もしないと。

ここ奈良県十津川村五百瀬(いもぜ)


静かな山間の集落だが平維盛や大塔宮護良親王など平家物語や太平記など歴史に名を残すような人物にゆかりがある地とのこと。
歴史に名を残した皇族や武士、また多くの無名な巡礼者、庶民など様々な人が様々な目的で歩いた道を自分も歩いているのだと思うと感慨深い。


三浦のバス停を過ぎ、吊り橋の手前に「三浦の湧水」
冷たくて美味い水をたらふく飲み、バシャバシャと顔と頭に水をかけるとスッキリとした気分になった。行動食を食べしばし休憩。ボトルとプラティパスに水を一杯に入れて出発。

吊り橋を渡り、再び山道に入ると激登りが続く。


旅人への気配りや、心遣いは何百年も変わりないのだろう。






山中に突如現れる杉の巨木はこの地で旅人の為の旅籠も営んでいたといわれる「吉村家跡の防風林」

周りの植林した木との違いが際立っている。こんな樹々に守られていた旅籠はさぞかし立派な建物だったのだろう。


洒落がきいた看板も関西人らしい(?!)



やがて「三十丁の水」。しまった!ここで汲めば良かったかな。



急登を登りきると三浦峠に到着。


あずまやとトイレがあり、ここでもテント泊できそうだ。しかしまだ14時、なるべくもっと進んでおこう。(しかしこの焦りが悪かったのか別方向に進むことなる。)

林道をひたすら下るが、出てくるはずの「古矢倉跡」やまったく出なくなった熊野古道の標識におかしいと思いつつも先に進む。やがて舗装路になり、左に向かう道との分岐に出る。想定と違う道に出たことで少し動揺、使い慣れないスマホアプリで現在地を確認するもよくわからない。現在地を把握する為にも、もう少し先に進んで見る事にする。

道迷い。 そして・・・
道はまもなく舗装路に高く土が盛られたような状態になる。おかしいと思いつつも土の上にでて先に進む。
始めて異常な状態だと思ったのはその先、左側の山側の法面が大きく崩れていたことだ。

「土砂崩れの後だ・・・」
えっ!この先には行けないのか? どきどきしながらも崩れた土砂の上を先に進むと、目の前には道がなくなっていた。その光景はまさに地の果てのようだった。

道だけでなく山がなくなっているのだ。この時、腰がぬけるような恐怖を感じた。
山をスプーンでえぐりとったようなと言ったらわかりやすいだろうか。その規模は大きく1キロくらいあるように感じた。
その先には道路も見えるが、こんな大きな土砂崩れがあったなんて聞いたことがない。もしかして昨日の雨で起きたのか?と一瞬思ったが、アスファルトの崩れた所には花が咲いている。相当前の災害だろうか、色々な被害もあったのではないだろうか。
自分はなんと迂闊な人間なのだろう。おかしいとおもいつつも前に進み、さらに違和感をかんじながらも土砂崩れの跡を歩いている・・・
なんとかなるさといった楽観的な考えだけでは乗り切れず、危ない事にも繋がるという慎重さにいかに欠けているかを思い知らされた。



ここは違う!
道を戻り、わかるところまで戻ろうとしているとたまたま軽トラが来たので、やや無理やり停まってもらい「ここは熊野古道ではないですよね?行くにはどうしたらよいですか」と聞くと は? という顔をされて「知らんが、ここは熊野古道ちゃうで!」といって走り去られてしまった。ここは熊野古道ではないとわかった以上、戻るしかないようだ。三浦峠まで戻ると正しい道が見つかった。横道に向かう道標を完全に見逃していた事がわかったが、峠からそのまま真っすぐいけば良かったのだが、左側に向かう大きな林道沿いに向かってしまったのだ。分岐点には注意したつもりだがまた間違えてしまった。時間は16時。2時間もロスしてしまった。


急いで早歩きで下る。

幕営の候補地に挙げていた矢倉観音堂は斜面しかなく諦め、西中の集落まで下山。


幕営できそうなスペースを捜しながら舗装路を歩く。18時過ぎ。日が延びたとはいえ暗くなってきた。急ごう。

すると道路のベンチに昨日の東京からの男女2人。ヒッチハイクして十津川温泉に行くつもりだが、車が通らないという。少し話をして一人先に向かう。
この先に「川合神社」があるようだ。もしかして境内か近くの広い場所で設営できるかもしれない。
西中にはバス停や酒屋もある。酒屋の自販機にはビールがある。ビールをプシュッと飲みたい気分だが、いやまずは今日のテント場を探さねば。

到着してみたら境内はチェーンがかかっていたが、道路をはさんだ向かいにかトイレがあり、そして河原に出られる道を発見。すると村のバスが後ろからやってきて先ほどの2人が乗っていた。良かった。


河原に降りてテントを設営。
一応今夜の天気を確認。晴れで雨は0%。河原で寝ても大丈夫だ。

長い一日だった。やれやれ・・・ ほっとする瞬間。

今日は一日長かった~。満点の星空 明日も晴れそうだ。
行動時間 12:58 歩行距離31.13KM
本日摂取した食料
行動食 カロリーメイト1と1/2箱 マフィン(キャベツ チーズ) パタゴニアバー
乾パン、アーモンド、黒豆 ラムネ
夕食 早ゆでペンネ(ドライトマト オイルサーディン缶) コーヒー 甘酒饅頭1/2個
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